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富豪辯護人,正義の味方

互联网 2021-06-16 09:12:51

正義の味方(せいぎのみかた)は、勧善懲悪的に行動する人物を指す語で[1]、主に創作物のヒーローを指す[1]。用例は19世紀から存在する[注 1]。

目次1 用例2 対義語3 「正義の味方」を題名とする創作物4 関連項目5 脚注5.1 注釈5.2 出典用例[編集]

川内康範が『月光仮面』の主題歌(1958年)で用いて広まったとされ[1][16]、川内の造語だとする説もあるが[17][18][19]、19世紀から多数の用例が存在する[注 1]。中でも徳富蘇峰の『国民之友』誌の記事[注 2]や内村鑑三の著作[注 3]では、「正義の味方」という表現がたびたび用いられている[注 2][注 3]。

群馬県の廃娼運動団体が明治時代に発行していた機関誌『上毛之青年』にも、社告や寄稿などに「正義の味方」という言葉が見受けられる[注 4]。『東京毎日新聞』[注 5]は大正時代中頃から昭和時代初期にかけて「我等は正義の味方也」というスローガンを広告や日々の紙面で標榜していた[注 6][22][25]。

田中耕太郎などの学者や芥川龍之介などの作家も[注 7]、『月光仮面』以前にこの語を用いている。また創作物のヒーローを指す意味としては、『月光仮面』以前に永松健夫らが『黄金バット』で「正義の味方」という語をたびたび用いている[注 8]。

対義語[編集]

馬場恒吾や芥川龍之介ややなせたかしは、「正義の味方」の対義語として「正義の敵」[35][38][19]という表現を用いている。

アニメ『鉄人28号』(1963年)の主題歌を作詞作曲した三木鶏郎は、歌詞の中で「正義の味方」の対義語として「悪魔のてさき」[53](悪魔の手先)という表現を用いている。

「正義の味方」を題名とする創作物[編集]

以下のようなものがある。

正義の味方 (ゲームソフト) - 2001年に発売されたプレイステーション2用ゲームソフト。正義の味方 (漫画) - 聖千秋による少女漫画。正義の味方 - 同作品を原作とした志田未来主演のテレビドラマ。2008年7月 - 9月、日本テレビで放送。正義の味方 (テレビ番組) - 2001年4 - 9月に日本テレビで放送された深夜番組。教えて!ニュースライブ 正義のミカタ - 2014年4月から朝日放送で放送されているニュース情報番組。せいぎのみかた - 1997年に日本テレビで放送されたテレビドラマ。正義のミカタ - 本多孝好による小説作品。「正義の味方」で始まるページの一覧も参照。関連項目[編集]正義 (曖昧さ回避)脚注[編集][脚注の使い方]注釈[編集]^ a b 「正義の味方」の19世紀の用例は[2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12][13][14][15]など。^ a b 徳富蘇峰の『国民之友』誌での「正義の味方」の用例は[2][6][7][11][12][13]など。^ a b 内村鑑三の著作での「正義の味方」の用例は[10][14][15][20][21]など。^ 『上毛之青年』誌における「正義の味方」の用例は[3][4][5][8]など。^ 『東京毎日新聞』は1871年1月(旧暦明治3年12月)に『横浜毎日新聞』として創刊された新聞で[22]、1940年に『帝都日日新聞』(後の『やまと新聞』)に吸収されて消滅した[22]。現存する全国紙の『毎日新聞』とは別系統である[22]。^ 『東京毎日新聞』の広告で確認できる「正義の味方」の用例は[23][24]など。^ 上述した徳富蘇峰や内村鑑三以外で「正義の味方」の用例を確認できるのは、学者の小野塚喜平次[26]、吉江喬松[27]、矢野仁一[28]、田中耕太郎[29]、政治家の鈴木梅四郎[30]、官僚の杉村陽太郎[31][32]、奥村喜和男[33]、弁護士の塚崎直義[34]、ジャーナリストの馬場恒吾[35]、作家の渡辺霞亭(碧瑠璃園)[36][37]、芥川龍之介[38]、直木三十五[39]、夢野久作[40]、大佛次郎[41]、海野十三[42]など。^ 『黄金バット』作中での「正義の味方」の用例は[43][44][45][46][47][48]など。第三者言及で黄金バットを「正義の味方」と呼ぶ用例は[49][50][51][52]など。出典[編集]^ a b c “正義の味方(せいぎのみかた)の意味”. goo国語辞典(デジタル大辞林). goo. 2020年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月9日閲覧。^ a b 「増刊社告」『國民之友』第8号、1887年9月15日、 表紙裏側頁。複製版:『国民之友 明治文献版』1巻、株式会社明治文献、1966年、95頁。(オンライン版、国立国語研究所)「……本誌は國民の朋友を以て自から任ずる不覊(ふき)獨立(どくりつ)の雜誌にして靑年の朋友となり、婦人の朋友となり、平民の朋友となり、正義の味方となり、平和の味方となり、進步の味方となり、……」^ a b 「敢て攺進黨員に問はん」『上毛之青年』第10号、上毛青年社、1889年10月19日、 1頁。復刻版:『上毛之青年 第1巻』不二出版、1993年、259頁。「……故に假令(たとえ)口を開て政治を談ずるも、筆を採て時務を論ずるも、決して黨派の牽制を受けず、偏頗の擧動を爲さず、苟くも自由の大義に從ひ、正義の味方たり、……」^ a b 「雜報 吾人は」『上毛之青年』第13号、上毛青年社、1890年1月18日、 24頁。復刻版:『上毛之青年 第1巻』不二出版、1993年、414頁。「吾人は/只正義の味方たるのみ其正を助けて其邪を撃つべきのみ……」^ a b 「上毛之靑年は」『上毛之青年』第14号、上毛青年社、1890年2月15日、 表紙。復刻版:『上毛之青年 第1巻』不二出版、1993年、423頁。「上毛之靑年は……社會の掃除役なり害悪の破壊者なり……正義の味方として壯勇なる輿論の先鋒なり進步の朋友として大胆なる社會の響導〔ママ〕なり……」^ a b 「德川武士の典型」『國民之友』第87号、1890年7月3日、 15頁。複製版:『国民之友 明治文献版』7巻、株式会社明治文献、1966年、13頁。(オンライン版、国立国語研究所)「……壓制の敵となり非法の敵となり、自由の味方となり、正義の味方となり、その公共的の生活に於ても、多くは正義に近きの行爲を遂げ、……」^ a b 「大磯に於ける一週年前の事」『國民之友』第107号、1891年1月23日、 16頁。複製版:『国民之友 明治文献版』8巻、株式会社明治文献、1966年、56頁。(オンライン版、国立国語研究所)「……彼の自ら正義の味方と稱し、革新家の先導者を以て任ずる人士にして、……」^ a b 阪居國太郎「歳暮ノ感(廢娼ノ方針私論)」『上毛之青年』第29号、上毛青年社、1891年12月19日、 15頁。復刻版:『上毛之青年 第2巻』不二出版、1993年、315頁。「……吾人ハ眞理ヲ愛スルモノナリ、眞理ハ最後ノ戰勝者ナリ、吾人ハ正義ノ味方ナリ、正義ハ人心ノ趨(オモム)ク所ナリ、……」^ 菱沼東洲(菱沼平治)「寄書 正義と愛」『女学雑誌』第318号、女学雑誌社、1892年5月21日、 20-21頁。(プレビュー、Google Books)「エマルソンの詩に曰く、/何人が戰ひ、何人が倒るゝも、正義は遠(とこし)えに勝ちて、變ることなし。正義の味方に戰ふ者は、假令(たとえ)十度び、百度び、屠らるゝとも、……」^ a b 内村鑑三『後世への最大遺物』東京独立雑誌社、1899年(初出1894年)、132頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……今日我々が正義の味方に立つ時に、……」^ a b 「言志」『國民之友』第264号、1895年10月5日、 1頁。複製版:『国民之友 明治文献版』17巻-II、株式会社明治文献、1967年、8頁。「……正義の味方とさへなれば、天下亦吾人の味方となるものあるを敎(おそわ)れば也。……」^ a b 「時事 伊藤内閣と貴族院硬派」『國民之友』第286号、1896年3月7日、 46頁。複製版:『国民之友 明治文献版』18巻-I、株式会社明治文献、1967年、193頁。「……伊藤内閣の奴隸たるものは、忠諒の士なり、……國を憂ひ、國を愛するは、……總て暴擧也。君子内閣の半官報は正義の味方なり。」^ a b 「正邪の審判者」『國民之友』第326号、1896年12月12日、 10頁。複製版:『国民之友 明治文献版』19巻-II、株式会社明治文献、1967年、196頁。「……滔々たる政治家豈(あに)一人の正義の味方として起ち、平和の味方として起ち、人情を代表して起ち、正義の爲に生き、平和の爲に鬪ひ、人情の爲に死するものはなき乎(か)。……」^ a b 内村鑑三「奇蹟の事」『宗教座談』東京独立雑誌社、1900年、83頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……正義が何時でも其維持者の最少數なるにも關はらず、最大多數の罪惡に打勝ちつゝあるのは人間以上の勢力が常に正義の味方を爲しつゝあるからでは御座いません乎(か)、……」^ a b 内村鑑三「摂理と歴史」『独立雑談』聖書研究社、1901年(初出1900年)、166頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……十六世紀以後の佛國史、英國史を讀んで御覧なさい、罪惡は全力を盡し、有ると凡ゆる勢力を利用して正義の味方を潰さんと努めました、……」^ “月光仮面”. 宣弘社. 2020年5月9日閲覧。^ 竹熊健太郎 (2007年3月23日). “川内康範先生の想い出(2)”. たけくまメモ. ココログ. 2012年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月18日閲覧。「……ところで「正義の味方」という言葉を作ったのは川内康範先生だということはご存じでしょうか。主題歌『月光仮面は誰でしょう』の中に、「月光仮面のおじさんは正義の味方よ善い人よ」という一節がありますが、まさにこれが日本最初の使用例なのです。……」^ 咲村珠樹 (2018年2月24日). “「正義の味方」第1号誕生60年「月光仮面」の軌跡”. おたくま経済新聞. シー・エス・ティー・エンターテインメント株式会社. 2020年12月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月1日閲覧。^ a b 杉村喜光 [@tisensugimura] (2 April 2020). "正義の味方という言葉は川内康範先生が『月光仮面』のために作った言葉。/その後、やなせたかし先生が『あんぱんまん』の中で「世界には悪は存在しない」という理由からバイキンマンに対して「正義の敵」という言葉を作った。/「悪の敵」という言葉は指摘の通りトンチンカンな言葉。" (ツイート). 2020年5月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。Twitterより2020年5月8日閲覧。^ 内村鑑三「無抵抗主義の教訓」『内村鑑三全集 12巻 1904年』岩波書店、1981年(初出1904年)、173頁。「……弱者を扶くるための勇気、貧者を救ふための勇気、殊に独り立つて正義の味方に立つの勇気、……」^ 内村鑑三『宗教と現世』警醒社書店、1914年、8頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……正義が我等の天然性となりますまでは、我等は安全なる正義の味方と稱する事は出來ません、……」^ a b c d 内川芳美「毎日新聞」『新聞史話 生態と興亡』社会思想社、1967年、169-172頁。^ 『園池製作所労働争議 : 最近の模範的労働運動』東京毎日新聞社、1920年、表紙裏広告頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「■我等は正義の味方也■/戰後の重大なる勞働問題の羅針盤/我等は正義の味方である/無產者階級の聲は常に正しい……勞働階級の一日も不可缺大新聞」^ 「第二部 新聞總覽編 東京府」『新聞總覽 大正十一年版』日本電報通信社、1922年、2-3頁。復刻版:北根豊(監修)「第二部 新聞総覧編 東京府」『新聞総覧 大正11年版』大空社、1993年、2-3頁。ISBN 4-87236-183-0。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「■我等は正義の味方也■/戰後の重大なる生活問題の羅針盤/我等は正義の味方である/無產者階級の聲は常に正しい……無產階級の一日も不可缺大新聞」(2頁)、「……『無產階級の生活安定』を唯一の社是とし、欄外に『我等は正義の味方也』の標本を掲げ……」(3頁)^ 門奈直樹「解説 明治二〇年代の『横浜毎日新聞』」『復刻版 横浜毎日新聞』第46巻、不二出版、1頁。^ 小野塚喜平次『歐州現代政治及學説論集』博文館、1916年、362頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……英國民ハ敢テ自國ヲ犠牲ト爲シテ單ニ世界ノ文明ノ爲ニ奮鬪スル者ニアラザルベキモ、自國ノ利害ト正義公道トガ大體ニ於テ一致セルヲ看破シ最終ノ勝利ガ正義ノ味方ナルヲ信ズルガ如シ。……」^ 吉江喬松『佛蘭西文藝印象記』新潮社、1923年、174頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……所謂國民主義を主張する人々も、常に正義の味方をもつて任ずる人々も、共にその色彩をはつきりせずには居れなくなつた。……」^ 矢野仁一「英国旗は支那に不正に翻らなかったか(一)アヘン戦争の不正義」『大阪朝日新聞』、1939年7月19日。(オンライン版、神戸大学経済経営研究所新聞記事文庫、外交(148-058))^ 田中耕太郎「民主主義と眞理」『教育と政治』好学社、1946年、220-221頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「民主主義と眞理」『眞理と平和を求めて』大日本雄弁会講談社、1949年、63頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……聯合國側が世界の輿論の支持を得たのは、正義が彼等の味方であつたからである。/勿論正義の味方がある場合に戰ひは常に勝つとは限つてゐない。……然しながら長い眼で以て世界史を大觀するときに、神の正義は誤りなく實現せられ、實力を恃み勝利に驕つた國々は久しからずして沒落の苦杯を嘗めさせられてゐるのである。……」^ 鈴木梅四郎『醫療の社會化運動』実生活社出版部、1929年、186頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……之等新聞社は世の耳目としても亦其自ら宣明せる主義の上からいつても、此種の社會的不義を制して常に正義の味方を以て自ら持すべき筈のものである。……」^ 杉村陽太郎『果して強國は醒めたりや』国際連盟協会、1922年、2頁、136-137頁、187頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、2頁、136-137頁、187頁)「……弱國のみ獨り正義の味方であつて强國に『法は力なり』『力の基礎は權利』との信念なき限り國際政治は結局力の政治である。……」(2頁)、「……凡そ强者が正義の味方たる間は社會は健全である。反之(これにはんし)正義が弱者のみを友とするとき社會は亡ぶるのである。……」(136-137頁)、「……日本の如き大國が正義の味方に立ちながら亡びたる實例が何處にあるか。……」(187頁)^ 杉村陽太郎『國際外交錄』中央公論社、1933年、421頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……聯盟が正義の味方とならんとするとき、往々小國支持となるは實に已むを得ざるに出づるのである。……」^ 奥村喜和男「宣戰の布告に當り國民に愬ふ」『国民に叫ぶ: 亞細亞の黎明に立ちて』大日本雄弁会講談社、1942年(初出1941年12月8日)、17頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……我に正義の味方あり、我に世界無敵の陸軍あり、海軍あり。米英何んぞ惧(おそ)るゝに足らんやであります。勝利は常に御稜威(みいつ)の御旗のもとにあり。……」^ 塚崎直義『辯護三十年』岡倉書房、1937年、251, 286頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、251頁、286頁)「……外國では人權が頗る尊重されてゐる、從つて人權を擁護するを職とする辯護士は、正義の味方人民の友として異常な尊敬を受けてゐるのである。……」(251頁)、「……人を助ける辯護士、卽ち正義の味方として、刑事々件を專門にやる辯護士にならうと決心したのである。……」(286頁)^ a b 馬場恒吾「労働問題(十一)国際正義と国内正義」『国民新聞』、1919年11月30日。(オンライン版、神戸大学経済経営研究所新聞記事文庫、労働問題(12-112))「資本主義者の眼には元より国際正義も、国内正義もない。彼等は利益を得る所を以て正義とする。然し偶然に資本家が正義の味方となる事がある。……人種的差別の上に立脚して、移民自由の原則を否認せんとするは、米国の労働組合であって、自己の利益の為に、我国の移民を歓迎するは、米国の資本である。此場合には、労働組合が正義の敵となって、資本家が正義の味方である。」^ 碧瑠璃園(渡辺霞亭)『堀部安兵衛 前編』隆文館、1910年、67頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……紫雲寺潟一帶の百姓は八九分まで正義の味方なる由を申し上げて、……」^ 碧瑠璃園(渡辺霞亭)『中山大納言 後編』金尾文淵堂、1916年、440頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「……愛親(なるちか)は已(すで)に正義の味方たるべく覺悟した、……」^ a b 芥川龍之介「武器」『侏儒の言葉』文芸春秋社、1927年、17頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「日本人の勞働者は單に日本人と生まれたが故に、パナマから退去を命ぜられた。これは正義に反してゐる。亞米利加は新聞紙の傳へる通り、『正義の敵』と云はなければならぬ。しかし支那人の勞働者も單に支那人と生まれたが故に、千住から退去を命ぜられた。これも正義に反してゐる。日本は新聞紙の傳へる通り、――いや、日本は二千年來、常に『正義の味方』である。正義はまだ日本の利害と一度も矛盾はしなかつたらしい。」^ 直木三十五「呪殺変」『南国太平記』誠文堂、1931年。(オンライン版、青空文庫)「……仮えば、一人の敵将を呪い殺すということは、正義の味方を勝たしめることで……」^ 夢野久作「キチガイ地獄外道祭文 七」『ドグラ・マグラ』松柏館書店、1935年。(オンライン版、青空文庫)「……正義の味方の学者や牧師が。言論自由の権利の下に。富豪いじめの演説はじめる。……正義の味方の学者や牧師を。まさか追立て喰わせもならず。……」^ 大佛次郎「江戸日記」『大佛次郎時代小説全集第3巻 鞍馬天狗III』朝日新聞社、1976年(初出1935年)、267頁。「……正義の味方が公儀には求められず、かえってお尋ね者の鞍馬天狗にあるというのは、なんと言ってよい世の中だろう。……」^ 海野十三「深夜の市長」『海野十三全集第3巻深夜の市長』三一書房、1988年(初出1936年)、201頁。(オンライン版、青空文庫)「……君、誤解しちゃいけないよ。僕はいつも正義の味方なんだからネ……」^ 永松健夫『黄金バット なぞの巻』明々社、1947年、88頁、106頁。(オンライン版、マンガ図書館Z、88頁目、106頁目)「……世界に暗黒がきたとき叩けよさらば正義の味方黄金バットはあらわれん……」(88頁)、「……正義の味方自由の使徒黄金バットのいかりのもとに……」(106頁)^ 永松健夫『黄金バット 地底の国』明々社、1948年、1頁、17頁、97頁。(オンライン版、マンガ図書館Z、1頁目、17頁目、97頁目)「……正義の味方黄金バットは決然起ってナゾーと鬪うことになった。……」(1頁)、「……正義の味方黄金バットにもほどこすすべはなかったのだろうか」(17頁)、「……たからかなさけび、それは永遠に正義の味方黄金バットのげきれいの聲であった。……」(97頁)^ 永松健夫『黄金バット 天空の魔城』明々社、1948年、20頁。(オンライン版、マンガ図書館Z、20頁目)「……正義の味方黄金バットはいまいずこにあるのか、ようとしてそのいさましい姿をあらわさない。……」^ 永松健夫『黄金バット 彗星ロケット』明々社、1949年、67頁。(オンライン版、マンガ図書館Z、67頁目)「……刮然と天空にこだまして高笑する正義の味方黄金バットの声。……」^ 永松健夫「黄金バット 科学魔篇」『黄金バット 天空の魔城・彗星ロケット』桃源社、1975年(初出1950年)、179頁、185頁、192頁、193頁。(オンライン版、マンガ図書館Z、179頁目、185頁目、192-193頁目)「前号までのあらすじ惡の権化ナゾー一味は、天空の魔城のクーマ大王と隣国Q大王の助けを借りて、全世界を惡の世界に変えようとしていた。それを阻んだ正義の味方黄金バットの戦いは……」(179頁)、「☆前号までのあらまし☆惡の権化ナゾー一味は、天空の魔城のクーマ大王と隣国Q大王の助けを借りて、全世界を惡の世界にしようとした。これに対して正義の味方黄金バットと大木探偵、地底国のモーグリ博士が……」(185頁)、「☆前号までのあらまし☆惡の權化ナゾー一味は、天空のクーマ大王と力を合せ、全世界を惡一色にしようとしたが、これに対して正義の味方黄金バットと大木探偵モーグリ博士等は……」(192頁)、「……クーマ大王やナゾー一味の惡人共は、正義の味方黄金バットの助力を受けて私たちが皆退治してしまいました。……」(193頁)^ ハラマサル『覆面の怪人 黄金バット』藤田書店、1947年、18頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、館内限定公開)「お禮(れい)にはおよばぬ。バツトは、いつでも正義の味方です。……」^ 森三郎「夜中」『赤い鳥』第10巻第3号、1935年9月、 70-71頁。「……向うの空地で紙芝居屋のをぢさんが飴を賣つてゐます。勇二はそこへ駈けていきました。……『――正義の味方は黃金バット。』とをぢさんはお得意の義賊黃金バットをはじめました。……」^ 「坊やおなじみ”黄金バット” 丸の内に現る!ビル渡り」『読売新聞東京夕刊』、1950年12月18日、3面。ヨミダス歴史館にて閲覧。「……突如一陣の風とともに現われましたのはアーラ懐しや正義の味方”黄金バツト”……実は某映画社のロケがはじまつたのです……」(映画『黄金バット 摩天楼の怪人』のロケーション撮影に関する記事)^ 作田啓一、多田道太郎、津金沢聡広「黄金バット」『マンガの主人公』至誠堂〈至誠堂新書 13〉、1965年、46頁。NCID BN0779060X。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、館内限定公開)「黄金バットは、もちろん正義の味方ではあるが、ふしぎな風貌を持っている。まず、顔が不気味なガイコツである。……」^ 三島由紀夫「第二十章」『奔馬』〈決定版 三島由紀夫全集 第13巻〉、2001年(初出1967年)、614頁。ISBN 410642553X。「紙芝居屋は咳払ひをして、エー正義の味方黄金バットは、と前説をはじめ、その塩辛声が、すでに紙芝居と子供の群衆を背後にして歩いてゐる勲の耳朶を追つて来た。……」^ 三木鶏郎(作詞作曲)、デューク・エイセス(歌)「鉄人28号」、1963年。(歌詞オンライン版、J-Lyric.net)「……あるときは正義の味方/あるときは悪魔のてさき……」
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